東京都高校野球OB連盟のホームページ特別企画として

加盟校の選手にリレートーク形式でインタビューを行う『終われない俺たちの夏』

第三回目は日体大荏原高校OBの増田義昭さんです。

>初めにご紹介いただいた都立武蔵の榎本さんについて聞かせてください。

マスターズがきっかけで知り合って今でもSNSなどでもよくコミュニケーションを取っています。この前の榎本さんのインタビューにも掲載されていますけど、とにかく仕事を一生懸命やりながらも、ものすごい数の野球の試合を見ている人ですね。榎本さんのFacebookを見ると、本当に年間に100試合を観戦されているのでは、と感じてしまいます。また、多少遠くても見に行ける試合は全部行くという姿勢は本当にすごいです。

 

マスターズの試合会場で会う時もいつも笑顔でお話ししてくれて感謝しております。まだ武蔵さんとはマスターズで対戦したことがないので、対戦の機会が楽しみです。」

>今年で60歳を迎える増田さん。野球が日本の中心だった時代に幼少期を過ごし、増田少年も野球に夢中になりました。

「当時は王さん、長嶋さんが大活躍していて、周りの子供もみんな背番号は1か3を競ってほしがる時代。それなのに、私は巨人の抑えの切り札の宮田征典選手がなぜか大好きでして。父親にねだって巨人の背番号24のユニフォームを買ってもらったことをよく覚えています。
まだ小学校二年生なのに、本当に「八時半」を毎日楽しみにテレビの前に座っていましたよ。小学校二年で野球を始めたのですが、それも宮田選手に憧れて最初はピッチャーをやっていました。お山の大将でやってましたね。」

>‘’八時半の男”に憧れた少年が選んだ進学先は強豪校の日体大荏原高校。時代もあり、相当に厳しい練習だったのではとおそるおそる聞いてみると。

「確かに大変ではありましたけど、実は中学時代の方がもっと厳しい環境だったんです。指導者はいなくても先輩がとにかく厳しくて。試合中も下級生はベンチに座るどころか、ずっと守備の時のように腰を落とし、つま先立ちで応援です。練習の休みもほとんどなく、中学時代は本当に野球しかしてないと言える状況でした。そんな中で一緒にやってた先輩から日体大荏原の話は聞いていて、もちろん楽だとは言えないけど、なんとかやれるのではと思って進学を決めました。

それで入学したら、クラスの半分くらいの生徒が丸刈りなんです。何でこんなに坊主が多いのかと思ったらみんな野球部の入部希望者でした。最初は1学年に120人くらいいたと思います。私は一般入試組でしたから、とにかく練習や試合の時には声を出すようしていました。野球にはいろいろな指示の声が重要ですから、中学時代から厳しく指導されていましてね。そのおかげで、まず声の部分を評価されて試合のメンバーに選んでもらえるようになりました。


練習のエピソードで思い出に残っているのは多摩川の水汲みです。グランドは現在と同じで多摩川の河川敷にあるのですが、水道がまだグランド脇にないので、グランドの水撒き用に1年生が多摩川まで入って水を汲んでくるんです。当時は練習中に水を飲むのはご法度という時代ですから、先輩の目を盗んで川の水をどうやって飲むのか、知恵をしぼりました。こっそり川の水をボトルに入れて土手の脇や川の水が少し引いた場所に隠しておいたりもしましたよ。先輩に見つかったら大変でしたけど、おそらく先輩も1年生の時には同じことやってますから。我が校に代々伝わる水分補給の方法です。(笑)」

>厳しい下積み時代を乗り越え、新チームの結成後はキャプテンになった増田さん。多くの部員をまとめ上げ、最後の夏の大会では、見事に東東京大会で優勝を果たします。

「東京大会では準決勝の早稲田実業戦が印象に残っています。私が1年生の時の3年生が夏の大会で早稲田実業に負け、私の代でも春の大会で延長15回までもつれ込みながら惜敗していました。また東京大会の記念すべき第一回大会の決勝は、早実中学と荏原中学が対戦し、そこでも負けていることを、高校に入学後に知りました。過去から続く因縁の相手で、今度こそは絶対に負けたくないと思って試合に臨みました。

 

本当に野球って面白いなと思うのですが、試合が進むにつれて、展開が自分達が1年生だった2年前の夏の大会に非常に似ているなと感じたんです。初回に両チーム点を取り合って、あとはずっと0行進。で、最終回に点をとられて先輩たちは負けてしまいました。ですから私たちの試合も途中からずっと守り合いの展開になるのですが、絶対にこちらから隙を見せることのないよう、チーム内でお互いに当時の試合を思いだしながら戦っていました。すると最終回に、2年前には私たちのミスからピンチを迎え決勝点を取られてしまったんですが、今度は早稲田実業にミスが出たんです。ここは絶対にチャンスだとチーム全員で感じて、攻めた結果、今度は我々が決勝点を挙げて、1点差で勝利することができました。今でもこの試合は同期の間で話題になりますし、スタンドで応援してくれた先輩たちにも本当に喜んでいただけました。」

>東東京大会を制して迎えた甲子園大会。初戦の相手は、その後、スピードガンの申し子と言われ、中日ドラゴンズで活躍する小松辰雄投手を擁する石川県の星稜高校となりました。

「甲子園はまさに聖地という表現がピッタリの場所。甲子園に足を踏み入れた時は、その広さや蔦の絡まるスコアボードなど、ずっとテレビで見て憧れていた場所に立っているということで身体が震えました。42年たった今でも忘れられない思い出です。

小松投手はやっぱり速かったです。当時は今のようにデータの収集も難しく、星稜高校も確か甲子園初出場。そのため相手の情報も大会直前までわかりませんでした。試合の直前に星稜の練習を見に行った部長さんから「いいピッチャーだぞ」、という情報は聞いていましたが、打てなかったですね。チャンスはあったんですが、確かチームで2安打に抑え込まれ、私も内野安打を打つのが精一杯でした。甲子園に出ることができて、そこでやっぱり感じたのは、ここで勝たなきゃダメだろ、という思いでした。あそこまで行ったんだから、だからこそ一つでいいから勝ちたかった。キャプテンとして4番として、自分がもっと打てれば結果は違ったんじゃないかと、とても残念な思いをしました。あの素晴らしい場所で校歌を歌いたかったです。」

>高校卒業後は、当時の恩師とともに中学生に野球を指導するなど、増田さんと野球との関わりは続きました。そして母校のOB会の役員としても活動をして行く中でマスターズ甲子園のことを知ったといいます。

「はじめはOB会の中でも硬式でやるなんて難しいのでは、という声が多数でした。なので、マスターズ甲子園のことを聞いてもすぐに加盟とはならなかったのですが、同じように入会を迷っていた学校が加盟して、それをきっかけに古豪魂が復活したのか、とてもOB会も活性化したと聞きまして。その話を聞いて、我々も東京都高校野球OB連盟に加盟することにしました。ただ加盟当初はルールをチームに浸透させるのが大変でしたね。よくわからず、みんな野球をやりたいやりたいって集まってきてくれるんですが、マスターズ独特のルールを説明して、メンバーに納得して試合に出てもらうのが大変でした。」

>試合のたびに50人を越えるメンバーが集まることもある日体大荏原マスターズ。ルールを伝えるのに悪戦苦闘しながらもメンバーの熱い想いが実りなんと加盟してすぐに日体大荏原マスターズは東京大会で優勝し、甲子園への切符を手に入れました。

「マスターズで行く甲子園も、グランドの中は現役時代と基本的には変わらないんです。入場行進のやり方なども全く同じ。でも、大きく違うのはボランティアの方の存在です。ボランティアの方のご協力で各チームにトレーナーさんがつきますし、試合後にはインタビューまでしてもらえます。それもメンバー全員にしっかりインタビューしてもらえる。

50人メンバーがいれば、50人のたくさんの野球に懸ける想いがある。それをしっかり聞いていただけるのことは本当に頭が下がる思いでした。

 

それ以外にも室内練習場でアップさせてもらったり、プロも使うロッカールームを使用させてもらったり。現役時代には経験できなかったこともたくさんありました。私たちの学校でも現役時代に甲子園に出場したメンバーは数少ないですから、マスターズのメンバー全員で甲子園に行けたことは何物にも代えがたい思い出ですね。それに私自身も試合に出場して、ヒットを打つことができました。ずっと心に残っていた忘れ物を取り返したような気持ちになりましたね。だからこそ、前回参加できなかったメンバーもいるので、なんとかもう一度彼らを甲子園に連れていってあげたいんです。」

>そう甲子園の思い出を語っていただいた増田さん。最後にマスターズ東京への加盟を検討している学校へメッセージをいただきました。

「高校野球をやった野球小僧であれば、野球から離れることはできないはずです。もし加盟を迷っているのならば、是非一度私たちの試合を見に来てほしい。日体大荏原マスターズがいつもベンチに貼っている言葉があります。楽しい=真剣。どんなスポーツでも楽しみたかったら、真剣にやらないといけません。特にマスターズは幅広い年齢層のメンバーで硬式野球をやるのだから、いつも真剣にプレーしています。だからこそ、楽しい。マスターズは年の離れたメンバーが楽しめるように絶妙なさじ加減でルールが作られています。たとえ数人のメンバーが優秀なプレーヤーだったとしても、試合には勝てません。本当の意味でのOBチームが一丸になることが必要で、野球の試合を通じてOB同士の絆が深まること、これがマスターズの一番の魅力だと思います。」

>表情豊かに身を乗り出すようにマスターズの魅力を語ってくれた増田さん。やっぱり増田さんが一番の永遠の野球小僧なのかもしれませんね。

次回は増田さんのご紹介で、東亜学園高校OBの小嶋篤志さんのインタビューを掲載予定です。

お楽しみに!